2011年2月6日日曜日

「ネット上の著作権保護強化は必要か−アニメ動画配信を事例として」を読んでみる

いろいろなところを見て、これは書かないといけないと思ったので。

1. はじめに
査読ありの論文ではないですが「ネット上の著作権保護強化は必要か−アニメ動画配信を事例として」というディスカッション・ペーパーが公開されています(http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/11j010.html )。
内容としては、公表されている DVD 売上、DVD レンタル、youtube での再生数と削除までの日数、winny での流通量(指標)をアニメ作品ごとに調べ、その他の作品に関わるパラメータを含め解析し、売上等に影響を与える因子を調べるという研究です。
使っているデータや、想定したパラメータ、解析手法については、おおよそいいのではないかな?と、(別の専門の視点からですが)思ったのですが結果に対する考察に相当する部分が(強い言葉ですが…)ずさんであるように思ったので、指摘しておきたいと思うのです。


2. 疑問、問題と思った点

上述のように方法はいいのですが、全体的に交絡が存在する可能性が高いものがあるのに、その事を考慮せずに考察し、因果関係を述べていることです。
顕著な例をいくつか指摘します。(以下、ディスカッション・ペーパー pdf に対する指摘)


<例 1>
「11のドラマ CD があるアニメは、それがないアニメより DVD 売上もレンタルも増えている。ドラマ CD はアニメの販売促進のために作られることがあり、この回帰によればそれは実際に効果をあげていることになる。実際、ドラマ CD がつくられているのは全作品の半分にのぼっており、この売上増加効果が自覚されているからと思われる。」 (p.18)

これ因果関係、いいのでしょうか?「(アニメオリジナル含め)原作が優秀で費用をかけているアニメだと、ドラマ CD を作っていることが多いし、売上も多いんんじゃないか」「売れるアニメではドラマ CD も売れるだろうし、ドラマ CD の販売も行うよね」とは考えられませんか? 販促に役立っているという考えもあると思いますが、上記のような考えはアニメの買い手側にも強くあると思いますし、実際そういう面も強いのではないでしょうか?


<例 2>
「25の声優ポイントは DVD 売上、YouTube 再生数、Winny ダウンロード数いずれもプラスになった。声優でアニメを選ぶ人はかなりのマニア層であり、そのようなマニア層はDVD 購入も YouTube 視聴も、Winny ファイルも全て利用する傾向にある。」 (p.18)

これも上記のドラマ CD と同じです。「お金と時間をかけてしっかり作っている出来のいいアニメでは、売れている声優を起用し、声優以外の部分の影響が大きく売れている可能性」「作品の出来が良かったから DVD が売れ、その作品をきっかけに声優がブレイクして評価が高くなった可能性」なども考えられそうです。
上記のような可能性から、評価の高い声優が多い傾向があるからといって、必ずしも声優でアニメを選んで買っているということは言えない気がします、この結果をもって、「声優でアニメを選ぶ人はかなりのマニア層」の傾向を語るのは極めて危険です(誇張ではなく、文字通り危険です)。


<例 3>
「まず、YouTube 再生数の影響を見ると、全ての符合がプラスであり、特に DVD 売上を被説明変数とする式[4]では、YouTube の影響は統計的に有意である。すなわち YouTube で多く再生されると、DVD 売上が増える傾向が認められる。係数は 0.24 なので、YouTube 再生数が 1%増えると DVD 売上枚数は 0.24%増加する。レンタルに対しても有意ではないものの符号はプラスであり、YouTube 再生はレンタル回数を増やしこそすれ減らしているわけではない。全体として YouTube による再生は、作品の著作権者の収入を増やす傾向にある事になる。」

ここが一番問題になると思う。
前の 2 項と同様に、お金や時間をかけている、丁寧に作っているなどの条件を想定して語ってもいいけれど、単純に行ってしまえば「DVD 売上が高いようなおもしろいコンテンツは、 youtube でも再生される」っていうことは考えられないのか?可能性として否定されているのでしょうか?
このような各種数字に正の相関がみられているものは、コンテンツの面白さや質等の本質的なパラメータと相関し交絡している可能性があります。声優やドラマ CD、原作(漫画、ライトノベル等)、続編、ジャンル(女性向け、ファミリー向け)などの要素を入れて解析していますが、必ずしもすべての要素(とくに面白さ等)が検討されているわけではなく、交絡していないとは言えないのではと思います。(解析手法について細かく知らない、書いてない、解説していない部分もあるので、もしかしたら交絡していないと言えているのかもしれません…)


ただ、一方、測定値が負の相関が見られているものは、正確には言い切れないけれど、先程の面白さやお金や時間のかけ方などのパラメータで説明がしにくいので、交絡していないのかな、とも思えます。
例示すると、「一方、Winny によるファイル交換は、レンタル回数にマイナスの影響を与えている。係数 1.1 より、ファイル交換が1%増えるとレンタル回数が 1.1%減ることになり、レンタルで見る・あるいは入手する代わりにファイル交換で見る・入手する人がかなりいることになる。」
こちらなどは、負の相関のため、作品の面白さやその他の要因で説明できず、結果の考察としては、まあ言ってもいいかなと思えるレベルになっていると思います(もしかしたら何か説明できることが他にあるかもしれませんが…)。

以上、代表的な例を 3 つ(と例外の部分)をあげましたが、多くの考察に相当する文章に同様の傾向が見られ、測定した売上や再生回数等の値の相関に対する解釈、因果関係の検討に問題があるのではと思います。こういう因果関係について考察の項で書くのは、程度次第でいいですが、他の考えられる可能性を明記し、明確になったわけではないとはっきり書くべきなのではないかと思います。


3. 評価する点
一点、このような因果関係に関することでよかったことは、この論文の主論である DVD 売上と youtube で削除されるまでの期間の相関については、交絡が起こりにくく、ある程度の因果関係は言えるかもしれない、ということです。

「YouTube でのファイル寿命が DVD 売上とレンタル回数に及ぼす影響を見ると、テレビ放映後ではプラスであり、DVD 売上については有意である。すなわちテレビ放映後については YouTube ファイルの削除を行わず、放置しておいた方が DVD 売上が増える。テレビ放映後に YouTube で作品を知り、ファンになって DVD を買いに行くという宣伝効果が働いていると解釈できる。」 (p.19)

上記の「YouTube でのファイル寿命」は、削除されるまでの期間ですが、これはコンテンツの面白さ等には関係がなさそうな要素です。注目度の高い、面白い作品の方が削除されやすいということはあるかもしれませんが、結果はむしろ逆で、売れる作品ほど長期間消されないということになっています。
この主論になるポイントの部分だけは、(引用部分の最後の 1 文だけはそこまで言えるのかわかりませんが^^;)一応しっかりしているようで、興味深いと思います。ただ、同時に要旨等に数字で出している「YouTube視聴が1%増えるとDVD売り上げは0.25%増加する」などについては、前述のようにダメじゃないかなと思います。


4. まとめ

最後にまとめると。アニメをそこそこ見ている人からすると、データのとり方やパラメータについては、ある程度ちゃんと検討されているかなと思うだけに、解析後の考察部分については非常に残念です。(バンブーブレイド→バンブーブレードとか、"腐女子向けアニメ(「腐女子」とはオタク趣味のある女性をさす)" というおかしい記述とか、細かい点を除けば、ですが。腐女子については、p.14 ではある程度うまく書かれているのに、p.18 でどうしてこうなった…。オタク傾向のある場合でも腐女子以外に乙女系とかもあるよね…。)
仮に上述のすんかの指摘に勘違いがあって間違っていても、交絡がないということは、勘違いしないようにちゃんと真っ先に説明に入れておくべきことのはずです。
また、例にあげて説明した部分については、特に相関だとか統計についてわからなくても、アニメを見ていて状況を想定出来ればすぐに変じゃないかな?って思う部分だと思います。一般の人から見て学術や研究がばかにされないよう、論理の甘いところや穿って見られそうなところをケアするなど、頑張ってもらいたいと思います。そもそも、このような研究の場合、客観的な結果と考察を分けたほうがいい気がするんですよね…。
今回のペーパーでは目的の議論のもとにはなったと思います。ですが、長期の場合は youtube 等での公開によりやや売上が上がるかもしれないという主な点はおおよそ示されていますが、それ以外の部分はかなり言い過ぎが多く、引用する場合には細心の注意が必要と思います。


5. 蛇足。

上記の研究自体も面白いけれど、p.24 のアニメの放映作品数(2007年10月〜2008年 6月)の県別のグラフの方が面白いかもですw。



県ごとのアニメ放送格差が如実に…。
真ん中の徳島と新潟の間に差があるけれど、新潟より左でアニメを良く放送する系列局がひとつ多くなってたりするのかな? 興味深いですw。
ニコニコ動画による公式放送などで格差の意味は減っていくかもしれませんが、アニメ好きさんにはきっと参考になるでしょうw

3 件のコメント:

  1. 丁寧なコメントありがとうございます。当該論文の執筆者の田中辰雄です。以下、少しリプライします。

    作品の「面白さ」など質を表す変数が入っていないので、擬似相関(そちらの分野の言い方では交絡現象)になっているのではないかという指摘は妥当な批判と思います。

    この論文では、「面白さ」は直接測れないので、その代理変数としてラジオ、声優、ジャンル、時間帯などを使うことで対処しています。作品が面白いならラジオもつくるだろう、よい声優がそろえば面白くなりやすいだろう、というような想定です(ラジオは売り上げを伸ばす要因とも解釈できますが、sunkaさんのご指摘のとおり、面白さを表す代理変数とも解釈できます)。しかし、いずれも間接的なので面白さ自体は測れていないという批判は可能と思います。その点で、ここで得た結論は、作品の「面白さ」がここにあげた代理変数で十分代表されている(=計量経済学風に言うと「面白さ」が制御されている)ということを前提とした議論です。

    この点の言及が少なく、やや断定的な書き方になってしまったことはまずかったかもしれません。次のバージョンでは書き方を含めて修正したいと思っています。
    YouTbe削除変数を強調したのは、実はこの点の弱みがあったからで、そこを指摘していただいたのはsunkaさんのご慧眼のでした。ここはsunkaさんの示唆にしたがい、削除変数の意義をもっと踏み込んで次期バージョンで書いてみたいと思います。
    有用なコメントありがとうございました。

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  2. コメントいただきありがとうございます!嬉しいです。

    > この論文では、「面白さ」は直接測れないので、その代理変数としてラジオ、声優、ジャンル、時間帯などを使うことで対処しています。
    > ここで得た結論は、作品の「面白さ」がここにあげた代理変数で十分代表されている(=計量経済学風に言うと「面白さ」が制御されている)ということを前提とした議論です。
    方法とその考え方についてお教えいただきありがとうございます。結果をみるうえで大変参考になり、理解が深まりました。

    > (=計量経済学風に言うと「面白さ」が制御されている)
    この表現、すごく面白いです。なるほどです。

    批判的なスタンスで記事を書かせていただいておりますが、売り上げと再生数双方に影響を与える「面白さ」については影響を取り除くことはむずかしく、いい意味でチャレンジングな研究だな〜と思っています。医薬関係でも、こういう交絡要因を少し似た方法でなるべく取り除いていますが (wikipedia 研究における交絡の回避方法)、面白さは(概念的なこともあり)定量的に扱えないため、コメントいただいた方法で検討していくしかないのかな、と感じております(記事を書いている時や後など、いろいろ考えてみたのですが^^;)。
    YouTube削除変数のような、交絡要因を回避するような上手なやり方が他にもあればいいのですが(ないからこういう論点の研究が出にくいのでしょうか;)。

    コメントいただいたように、交絡の可能性についても少し言及しつつ、逆に起こらなそうなYouTube削除変数等についてはその旨を書き強調すると、目の届いた考察になり、コメントの解析の意図も見やすくなって充実した論文になりそうですね!

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  3. あと、やや脇道の話になりますが、交絡する要因としては「面白さ」が一番ですが、その他に、細かいものとしては、「かけた資金」や「(前述資金をつかった?)宣伝・露出の数」、「制作企業(京都アニメーションは固定ファンがいたり、など)」、「ネットでの話題性(ニコニコ動画の関連改変動画数、有力なサイトの記事の数など)」もあるかもしれません。ドラマ CD などの要素とも相互に関係しているかなと思います。重要なものを取捨選択すると入れなくてもいいかもしれない事柄なのですが、解析に入れないにしても念のため調べておくと、防御が強い研究(論文)になるかも、と思いました(もう既に検討済みでしたらすみません...)。
    「ネットでの話題性」については、ちょっと大変そうですが、twitter のツイート数と売上、再生数の関係を調べてみると面白いかもしれません(別の研究になっちゃうそうですが...^^;)。ご存知かもしれませんが、魔法少女まどか☆マギカが主にネット上で話題になっており、売り上げやニコニコ動画での公式の再生数など?を検討してみると面白そうです。(この段、全部余談ですw)

    誰が書いているともわからないネットの一記事に、ご丁寧に回答いただき、ほんとうにありがとうございました。

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